顧客との関係性にイノベーションを起こす!後編~創業180年 江戸時代から続く老舗仏具店がカフェをOPEN~
江戸時代から続く老舗の仏具店。時代と共に家庭の仏壇離れが進み、業界の売り上げはここ20年でおよそ半分に…
限界を感じていた仏具店が新たな営業スタイルとして打ち出したのは、オシャレなカフェ!?一見ミスマッチに見えるカフェの営業だが、顧客とのコミニケーションにイノベーションを起こし仏具の売り上げもアップ!そのきっかけとなったのが、経営デザインシートだった。前編はこちら

「経営デザインシート」
中小企業診断士の五島さんからの提案で、経営デザインシートを活用した岡野夫妻。
「経営デザインシート」は、将来の経営の基幹となる価値創造メカニズムをデザインし、在りたい姿に移行するための思考補助ツールでありコミュニケーションツール。将来の価値創造メカニズムの構想からバックキャストし、今何をすべきかまでを1枚のシートにまとめられるツールです。
岡野さんが記載した将来の構想を実現するための提案がカフェを経営すること。中小企業診断士の五島さんは、経営デザインシートをただ埋めるのではなく、経営者の想いを何度も何度も、様々な角度から問いかけ、本音を引き出すことが出き、その思いを経営デザインシートに岡野さんが書いたからこそ、カフェの経営という道筋が見えたと話します。
経営者の想いを共有する
経営者の想いだけでは、カフェの経営は実現しない。働いている従業員も同じ方向に向かって進まなければならない。岡野夫妻は、従業員や職員の皆さんに経営デザインシートを使って、将来のビジョンを説明し、共有し、理解を得ながらカフェのOPENに向け、一丸となって準備を進めた。 中小企業診断士、デザイナー、設計士などと一緒にチームぬしやを結成。補助金も活用し、およそ2年の構想を経て2023春に「ぬしやカフェ」をOPENした。一見ミスマッチな業界と思える新たな挑戦だったが、岡野営業部長は、経営デザインシードを活用することで、コミュニケーションが図れ、想いを共有することが出きたと話します。
顧客との関係性にイノベーションを起こす
カフェで、新たな売り上げを上げる事が、最終目的ではない。これまでは、仏具屋はとにかく待ちの営業だった。しかし、カフェをすることで、お客さんが訪れ、それをきっかけに、仏壇に興味や関心を持ってもらう。仏壇や仏具などを身近に感じてもらい、いずれ仏壇屋のお客さんになってもらう。 お客さんが食事や癒しを求めて訪れてくれるカフェをOPENすることで、顧客との関係性にイノベーションを起こしたのです。
〇経営デザインシートを活用した支援のアプローチ
・ヒアリングを通じ本人の「ありたい姿」を明確化・言語化し、内発的動機を形成
支援者として関わった五島氏は、当初の相談であった「職人の技術の付加価値を高めるためのブランディング」をそのまま行うのではなく、その背景にある「どうしてそれが欲しいのか」、本当に手に入れたい「ありたい姿」は何なのかを対話と傾聴を通じ引き出している。
この「ありたい姿」を本人が明確にし、言葉にすることで、本人の中に強い動機が作られた。これが目標達成に向けて、最後までやり抜く原動力となり「ありたい姿」を最終的に手に入れることができる。また、ステークホルダの共感を集め求心力ともなった。
・現状維持バイアスに囚われない、本業を伸ばす施策としてのカフェ事業
売り上げを伸ばし、原価を抑える。これが事業の利益を増やす原則であることは間違いない。
従来の常識に囚われていると、「売り上げを伸ばすために広告を出しましょう!」「値上げしましょう!」「コストダウンをしましょう」といった施策になってしまう。しかし、ビジネスモデルが壊れかけている時にはこれらの施策は通用しない。
この事例では、現状維持バイアスに囚われず、新しい価値創造メカニズムをデザインし飛躍をすることができている。
〇価値創造メカニズム
・事業環境の変化の中で自らの存在意義を再定義し、顧客との関係性を変革
この事例で最も重要なポイントが顧客との関係性を変えたことである。
時代の変化の中で、顧客が仏具屋にくる頻度が減少したわけであるが、それは社会における仏具屋の存在意義が変化した(薄くなった)結果といえる。ここで「ありたい姿」のさらに上位概念である存在意義を捉えなおし、新しい価値を設定し、顧客とのタッチポイントを広げることにつなげている。
・「死」との向き合い方、なんでも相談できるという新しい価値を創出
従来の仏具販売という「モノ売り」から、現代の社会や顧客が抱える課題を解決する新たな価値を提供する「コト売り」を組み合わせ、そのための「場」を事業の中に組み込むことで新たな価値を実現している。
・自社の「特徴・らしさ」(広義の知的財産)を強みとする戦略
ぬしやの歴史と伝統、先代や岡野夫妻の人柄、従業員の皆さんの技術など、ぬしやの「特徴・らしさ」を新しい価値創造の資源とし、また他者がそのまま真似のできない差別化の要素とできている。さらに、知的財産権(商標権)を取得し、ブランドをさらに差別化、高付加価値化しようとしている。
〇移行戦略の実践
・支援者を含めたチームで取り組み、早くより大きな成果につなげる
経営者が複数の支援者の支援を受けながら計画を作り、従業員に指示を出しながら変革を進めていくというスタイルは、経営者の負荷も高く、時間がかかってしまうことが多い。
これに対して、支援者と従業員が一体となって変革を進めるスタイルは、達成目標の共有もやりやすく、変革のスピードを上げることができる。五島氏はぬしやの支援において後者を採用し、理想的な結果をもたらした。

近藤 泰祐
一般財団法人知的財産研究教育財団 知的財産教育協会 事業部長
経営デザイン分科会代表幹事(日本知財学会)
元価値デザイン経営ワーキンググループ委員(内閣府)
1994年 岡山大学法学部卒業、2020年 金沢工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科修了(MBA)
大学卒業後、大手通信教育企業に入社。主にアセスメントサービスの企画・編集、学力調査等に携わる。2003年より、知的財産教育協会の設立、民間検定である知的財産検定の創設に参画。2008年の国家検定(知的財産管理技能検定)への移行後は、現職として人材育成事業を担当。経営デザインシートの公表後、内閣府と連携しながらその普及活動に取り組み、企業支援(主に新価値創造の領域)に携わる。価値創造をテーマとした講座の講師も務めている。