開発ストーリー
家業の靴下製造業を継ぐ
新宅光男専務は家業を継ぐことを嫌い、神戸大学大学院で会計学を学んでいた。そんな1977年、父親から二重に編みこまれた靴下がたった一足だけ手紙も説明文も添えられず送られてきた。体に衝撃が走った。使命感を感じた。そして、家業を継ぐ決意を固める。
しかしながら、家業を継いだ当時、経営状況は最悪。従業員への給料の遅配が続いた。新宅専務はこの当時が一番つらい時期だったと語る。靴下製造業のことを何も知らない当時の新宅青年は、自分たちが作った製品の値段を自分たちで決められないことに不満を覚えつつ、猛烈に業界のことを学んでいく。そして、営業努力により堅実に売上を伸ばしていた2004年、主力取引先からの大幅な受注減を余儀なくされる。売上減はそれまでの約4割にもなってしまった。
下請けからの脱却を決意。オンリーワンの製品開発へ
足が冷えやすい糖尿病患者との出会いから保温性の高い「二重式あぜ編みくつ下」を開発。開発資金の一部は行政の補助金で工面した。開発することも補助金の申請も初めて。暗中模索の日々が続いた。それでも「機能が付加された靴下」開発の手はゆるめなかった。視覚障害者用の「色が簡単にわかる靴下」も開発。困っている人への機能に特化していこうと考えていた。
そんなある日、高齢者の転倒事故が大きな障害につながることを知る。
医療現場から絶賛 転倒予防くつ下
高齢者は、わずか数mmの段差でつまづくことで転倒する。つまづかないようにつま先をあげる機能を持った靴下の開発が始まった。足関節のデータが必要になった新宅専務は、広島大学の門をたたく。大学院保健学研究科の浦辺幸夫教授との出会いだった。 そして、「足」と「靴下作り」の専門知識と知恵がつまった「転倒予防くつ下」が完成した。現在、リハビリ部門などの医療現場で高い評価を受け、受注が増えた。売上はピーク時に戻りつつある。
桑原良弘
- 2級知的財産管理技能士
- もうけの花道アンバサダー
ディスプロ株式会社中国経済産業局特許流通アドバイザーとして、地域経済政策の活性化と開発テーマの事業化、知的財産活用を支援。現在、中堅製造業の顧問や地域支援機関と連動した企業のビジネス開発支援を行っており、多くのビジネス開発・知的財産の戦略構築・活用展開・商品開発の実績を持ち、事例研究も行う。