シリーズ│地球を笑顔に!(第53回)

「蟹の甲羅から新素材を創る」

マリンナノファイバー®の商品化


(一社)中国地域ニュービジネス協議会
チーフコーディネーター
竹内善幸

鳥取県の境港はカニの水揚げ基地として有名であり、特に紅ズワイガニの漁獲量は国内の半分以上を占め、8,000トン/年と言われています。その周辺では水産加工会社があり、カニのむき身を缶詰にした後、その工程で大量のカニ殻が食品残渣として発生します。このカニ殻から精製されたキチンを極細(10~20nm)のナノファイバーとして製造する技術が鳥取大学で開発されました(図1.参照)。

図1.キチンナノファイバー

従来のキチン粉末は各種の溶媒に不溶ですが、ナノファイバーとすることで水中での均一な分散性が実現され、他の材料との配合・成形が容易になりました。さらにはナノファイバーにすることで、キチン・キトサンの新しい機能・効用も多く発見されています。

このキチンナノファイバー(以下、キチンNF)の事業化を目的として、2016年4月に (株)マリンナノファイバー(鳥取県鳥取市)が鳥取大学発ベンチャー企業として設立されました。同社が製造するキチンNFの名称も「マリンナノファイバー®」として商標登録しています。

今回はキチンNFを活用した現状をご紹介致します。

キチンNFとは

キチンNF』は、カニ殻などの甲殻類の外皮組織からキチンを超極細繊維の状態で取り出したものです(図2.参照)。

キチンは粉末にしただけでは水に溶けませんが、ナノファイバーは非常に微細な繊維のため、水中に拡散してゼリー状になります。この特性は他の素材とも相性が良く、様々な活用法が生まれてきます。

図2.キチンNF
(注1)1nm(ナノメートル)=1ミリの100万分の幅(一本が髪の毛の5000分の1から10000分の1ほどの太さ)
キチンNFの特徴

キチンを効率的に微細化するためには酸を添加します。酸を加えると、キチンの表面にわずかに存在するアミノ基がプロトン化(原子・分子・イオンにプロトン(H+)を付加すること)され、その表面において正の電荷を生じます。その結果、ナノファイバー間で静電的な反発力を生じるため、微細化が容易となります。

キチンNFは伸びきり鎖の結晶であるため、構造的な欠陥がなく、優れた物性(高強度、高弾性、低熱膨張)があります。このような、キチンNFの物性を活かす用途として、素材を強化する補強繊維が挙げられます。カニ殻は本来、キチンNFで補強した天然の有機・無機ナノ複合体ですから、この用途は理にかなっています。ナノファイバーを補強繊維として配合しても透明性や柔軟性など素材本来の特徴は変わりません。これはキチンNFが可視光線の波長(およそ400~800 nm)よりも十分に細いため、ナノファイバーの界面において可視光線の散乱が生じにくいためです。これまでにアクリル樹脂やキトサンフィルム、ポリシルセスキオキサンなどさまざまな透明素材にキチンNFを配合してきました。いずれも透明性や柔軟性を損なうことなく、諸物性を大幅に向上することができました(図3.参照)。

図3.キチンNFの特徴

しかしながら、同様の形状と物性をもち、コスト面で有利なセルロースナノファイバー(以下、セルロースNF。注2)でも同等の効果が得られるため、キチンNFの特色を活かす必要があります。

たとえば、縫合糸を使わずに生体組織を接着するバイオマス由来の接着剤の開発研究において、キチンNFを配合することによって接着強度を3倍に向上することが確認できました。キチンNFは生体に対する親和性が高く、また、ヒトも含めた多くの動物がキチナーゼを産生してキチンを分解できるため、生体接着剤のような医療用材料は有望な用途です。

このように、セルロースNFとの差別化が可能なキチンNFの大きな特徴は生体に対する機能を有することであるといえます。

マリンナノファイバー®の肌への効果

マリンナノファイバー®は、(株)マリンナノファイバーがキチンNFを商品化し、商標登録したものです。マリンナノファイバー®の特徴としては、マリンナノファイバー®を塗布することにより皮膚の健康を増進することが明らかにされています。このような皮膚に対する機能を活かして、キチンNF(ナノベール)を配合した敏感肌用化粧品が製品化され、2015年に発売が開始されています(「素肌しずく うるおいミルク」、アサヒグループ食品(株)、図4.参照)。

図4.うるおいミルク
【保湿効果】

3次元皮膚モデルを利用して表皮組織への効果を検討したところ、マリンナノファイバー®を添加した水では長時間、皮膚のバリア機能が向上しました(図5-1.、図5-2.参照)。このため、外部からの刺激を防ぎ、保湿性を高める効果が期待できます。

図5-1.保湿効果(実験結果のグラフ)
図5-2.保湿効果(3次元皮膚モデルの組織の状態)
【アンチエイジング効果】

ヘアレスマウスの皮膚にマリンナノファイバー®を塗布し皮膚組織の変化を観察したところ、上皮の厚みや膠原繊維(コラーゲン繊維)の密度を増やすことが確認されたことから、アンチエイジング効果が期待されます。(図6.参照)。

図6.アンチエイジング効果(皮膚組織の変化が確認できる写真)
【創傷治療の促進効果】

実験的な皮膚の創傷に対して、マリンナノファイバー®を塗布すると、表皮の再生、炎症の緩和、真皮結合組織の増生など、創傷治癒の促進が確認されました(図7.参照)。

(左)塗布なし、(右)マリンNF塗布8日
図7.創傷治療の促進効果(創傷治癒を示す写真)
【アトピー性皮膚炎の緩和効果】

アトピー性皮膚炎モデルマウスにおいて、マリンナノファイバー®は皮膚炎症状の進行を抑制し、この効果はステロイドの塗布よりも強いことが確認されました(図8.参照)。

図8.アトピー性皮膚炎の緩和
(NF-kB(炎症・免疫反応を担う遺伝子)生産量の変化の状況・写真)

なお、マリンナノファイバー®を摂食した場合においても、同様な皮膚炎症状の緩和が認められます(ステロイドと同等)。

マリンナノファイバー®の摂食による効果

マリンナノファイバー®を摂食することにより、キトサンでも知られているようなダイエット効果、血中コレステロール値の上昇抑制、腸内環境改善に加え、腸管の炎症性疾患を緩和する効果も確認されています。食品の原料あるいは添加物としての応用が期待されます。


【ダイエット効果】

肥満モデルマウスに、高脂肪食とともにマリンナノファイバー®を飲水で摂取させた結果、体重の増加を抑え、また、内臓への脂肪沈着も抑制されたことから、ダイエット効果が期待されます(図9.参照)。

図9.ダイエット効果(実験結果のグラフ・写真)
【血中コレステロールの上昇抑制効果】

マウスに高コレステロール食とともにマリンナノファイバー®を飲水で摂取させた結果、2週間で血中脂質(コレステロール、リン脂質)の上昇が抑制されました(図10.参照)。

図10.血中コレステロールの上昇抑制効果(実験結果のグラフ)
【腸内環境改善効果】

マウスにマリンナノファイバー®を飲水として与えると、腸内細菌による短鎖脂肪酸の産生が促進され、腸内細菌により産生される代謝物の血中濃度が上昇しました。これにより、食物繊維の一つでもあるキチンNFの摂取は腸内環境を改善し、体のエネルギー・脂質代謝に影響を与えることが明らかとなりました(図11.参照)。

図11.腸内環境改善効果(実験結果のグラフ)
【炎症性腸疾患の緩和効果】

潰瘍性大腸炎モデルのマウスに、マリンナノファイバー®を飲水として摂取させた結果、3~6日間で腸管の炎症および線維症が大幅に改善しました。キチンNFの服用により、大腸組織内の核因子(NF-κB)が減少したこと、血清中の単球走化性タンパク質(MCP-1)の濃度が減少したことが炎症反応の改善に寄与したと考えられます。一方、従来のキチン粉末を服用しても炎症は改善しませんでした(図12.参照)。

(注:NF-κBは炎症反応に関与するタンパク質複合体。MCP-1は炎症性サイトカイン。)
図12.炎症性腸疾患の緩和(実験結果のグラフ・写真)
マリンナノファイバー®による食品の物性改良の可能性

キチンNFは前述のように素材の物性を向上することができます。このため、マリンナノファイバー®を食品に配合した場合、その食感を改良することが期待されます。


【製パンへの応用】

パンの生産において小麦粉の使用量を20%減らすと当然のことながら、十分に膨らみません。しかし、あらかじめ小麦粉に対して微量のキチンNFを添加しておくと、減量前と同程度の体積のパンが得られます。また、薄力粉は強力粉と比較してグルテンの含有量が少ないため、膨らませることが困難です。しかし、キチンNFを配合することにより通常のパンと同様に膨張しました。これらの結果はキチンNFがグルテンと良好に相互作用してベーキングの際に内部に空気を内包する壁を形成するためと考えています。

図13.製パン性の向上(実験結果の写真)
【優れた乳化効果・安全な乳化剤への可能性】

乳化剤は水性物質と油性物質を混ぜ合わせるために用いられます。天然由来素材であるキチンNF(あるいは表面を脱アセチル化したキチンNF)が極めて強力な乳化力を有することが確認されました。乳化力が極めて強いため使用量が少なくてすむ、また、乳化力が長時間持続するといった特徴を持ち、優れた食感を有する飲食品や優れた使用感を有する化粧品、あるいは安全性の高い医薬品の製造に応用が可能と考えられます(図14.、図15.参照)。

(注:NF-κBは炎症反応に関与するタンパク質複合体。MCP-1は炎症性サイトカイン。)
図14.優れた乳化効果・安全な乳化剤(実験結果のグラフ)
図15.キチンNFの表面を脱アセチル化(20%あるいは30%)すると乳化度が高くなったことを示す写真
マリンナノファイバー®による農業資材としての展開の可能性

キチンおよびその誘導体であるキトサンは、高い生体適合性、生分解性を備えた天然素材です。特にキトサンは一部の菌類に対する抗菌作用が認められており、新たな天然性農薬あるいは農業資材としての開発が期待されています。このため、マリンナノファイバー®を農業資材として活用する可能性が考えられます。しかし、キチンやキトサンは、一般的には溶媒に不融・不溶であるため成型加工において多くの課題があります。


【植物病原菌に対する抗菌性効果】

シート状に成形したキチンNF(表面を脱アセチル化)において、種々の植物病原菌に対する抗菌活性機能が確認されており、作物の病害防除資材としての利用が期待できます。

図16.植物病原菌に対する抗菌(制菌)効果を示す写真
【病害抵抗性(生長促進)の効果】

キチンやキトサンは、植物の病害抵抗性を誘導するエリシター(病原菌に接触した植物に防御機能物質の合成を誘導する物質)としても知られるが、ナノファイバーとすることでこの誘導能力が飛躍的に上昇することで、作物の病害防除剤として利用が期待できます。

図16.イネいもち病に対する病害抵抗性を獲得し 成長促進することを示す写真

著者プロフィール

昭和48年 三菱重工(株)入社 広島研究所所属
平成15年 菱明技研(株) 移籍
同年4月より(社)中国地域ニュービジネス協議会
(現在は(一社)中国地域ニュービジネス協議会)
チーフコーディネーターとして活動中
平成27年4月より岡山県産業労働部産業振興課所属
グリーンバイオプロジェクト・コーディネータとして活動中
  • スマート・ケミカルリファイナリー協議会主催
  • 趣味 観世流能楽(広島市能楽愛好者連盟理事)
プロフィール写真

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年3月26日掲載

Copyright 2018 Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.

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