エッセイ│てくのえっせい 431

“夏バテに打ち勝つ知恵”

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

暑い暑いと言う人の傍らで、お歳を召したおばちゃんが、「土用が終われば涼しくなります」と、静かに口にされたのを聞きました。多くの体験から生まれた心強い言葉です。

夏の土用は、立秋の前日で終わります。今年は8月7日が立秋だったので、その数日前から期待していました。日差しを和らげる風を伴うようになり、嬉しく感じました。

「昨日は蝉が一斉に鳴き出し、蝉時雨(せみしぐれ)だった」と広島から知らせがありました。抜け殻も至る所で見かけます。自然界は気候の変化に敏感なのですね。(写真1)

蝉時雨の主役と、そのときに脱ぎ捨てられたセミの抜け殻
(写真1)蝉時雨の主役と、そのときに脱ぎ捨てられたセミの抜け殻「立秋が近づくと、地中に7年もいた幼虫が揃って殻を脱ぎ成虫になって鳴きだす。執筆者作製」
夏バテから熱中症へ

「暑中見舞」でよく使われた言葉に「夏バテ」があり、お大事にと書き加えたものです。昨今は夏バテよりもむしろ、「熱中症」が大手を振っている気がします。

どうして庶民的な夏バテが、医学的な匂いが漂う熱中症に取り変わられたのか、興味が湧きます。汗の科学的な研究が進んだということなのでしょう。

かつてマラソンコースには、喉の渇きを癒すために水だけが置かれていました。これでは汗とともに塩分やミネラルが出てしまい、体力は著しく低下してしまうのです。

たまに、ペットが懸命に毛を舐めるのを見ます。初めは毛繕いかと思いましたが、汗と一緒に出て乾いた塩分やミネラルを少しでも回収しているのかもしれません。

 

7月の初め、弟の車で秩父まで父の墓参に行きました。墓の掃除と食事の時間を除き、往復4時間余り。ずっと車の助手席でエアコンの風に浴びていたわけです。 (写真2)

快適と言えば快適。しかし帰宅したら脱力感が残っていて元気が出ません。そこで医者の判断を仰いだところ、軽い熱中症になっているとの見立てで、驚いてしまいました。

調べると、熱中症というのは高温や多湿の環境下で起こる障害の総称とあり、脱水症状から起きる熱疲労、体内の塩分やミネラルが不足したための熱けいれんもあるというのです。

乗用車のフロントパネルにあるエアコンの吹き出し口
(写真2)乗用車のフロントパネルにあるエアコンの吹き出し口「快適なので長時間当たっていると熱中症を引き起こすことがある。執筆者作製」

暑いからと外出をせず、半日エアコンのある家で風を浴びながら静かにしていても同じです。汗で生命活動に必要な塩分や糖分、ミネラルが体外に運び出されるわけです。

夜かなり遅くなって、救急車のサイレンが聞こえたので、外に出てみました。先ほどのおばちゃんが夜分、トイレに立ち、転倒、それで救急車が呼ばれたのでした。(写真3)

    

夏バテとか立ちくらみというのは、強い日差しの中で水分も取らず、休まないで作業を続けたときにだけ起きると思っていました。

昼間汗をかき、風で汗を吹き飛ばすようなことをしたら、生きるのに必要な塩分やミネラルが体内から失われます。補給しなければ、夜に転倒事故を起こすことになります。

夜中に派遣されてきた救急車
(写真3)夜中に派遣されてきた救急車「熱中症で体力を失い、転倒する人は少なくない。執筆者作製」
スポーツドリンクの誕生

かつて、マラソンの給水場には水だけが置いてありました。ある時、ラベルを張った新顔の瓶が並んでいるのに気が付きました。水でなければ何だろうと思いました。

初めは特段の説明もなく、正直なところ、当事者以外はその効用は分からなかったのです。甘味と塩分の入ったジュースだろうという程度の理解でした。

実はこれがスポーツドリンクでした。普及に従い熱中症の特効薬だと考えられ、後発の類似品も生まれました。スーパーマーケットや自動販売機で手に入るようになりました。(写真4)

戦後わが国は、低開発国(地域)に様々な形で援助をしてきています。乾燥した熱帯地域で井戸も水道もないところでは水不足は深刻な課題なのです。

洗濯に使った不潔な河川の水を、身体の洗浄から炊事、さらに飲料にも使っています。そのため、眼科疾患、皮膚病、熱中症などが減らないという状況が続いていました。

わが国としては井戸の掘削、水道の敷設などにより衛生環境の確立を支援してきました。それでも、殺菌しただけの水では熱中症には効果が出なかったようです。

その頃から熱中症の多い熱帯地域の年少者に砂糖と塩を加えた水を与えることが始まりました。さらにスポーツドリンクの提供が試みられ、驚くべき成果を挙げたのです。(写真5)

「夏バテ」が学問的に解明され、実用的なスポーツドリンクを生み出し、社会全体の「熱中症」対策の理解を高めて国際的に貢献している、こんな嬉しい話はありません。

市販されているスポーツドリンクの一例「
(写真4)市販されているスポーツドリンクの一例「先発、後発の品などが並ぶ。液状、粉末状など様々な形を取っている。執筆者作製」
日本提供のスポーツドリンクで、熱中症の克服に成功したアフリカの子どもたち
(写真5)日本提供のスポーツドリンクで、熱中症の克服に成功したアフリカの子どもたち「水道施設の未整備地域ではスポーツドリンクによる健康支援は感謝されている。執筆者作製」

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2022年9月1日掲載

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