エッセイ│てくのえっせい 390

財を文化に残した大金持ち

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

つくば移転が終わり、広島県呉市にあった経済産業省の研究所に赴任しました。総務部長が役目柄行う地元紹介の中で「所長、島根の足立美術館をご存知ですか」と聞くのです。

研究所移転の仕事が忙しくて、美術にまで手が届かなかったのは確かです。それにしても、足立美術館という名は東京で耳にしたことがなく、好奇心が湧いたのを覚えています。

「どこにあるの?」と訊ねると、「米子の隣り、安来(やすき)です」という答え。庭が立派で、日本画の名画が沢山あると教えられ、機会を作って探訪に出かけました。(写真1)

(写真1)足立美術館は島根県安来市にある。
(JR山陰線安来駅から9㎞ほど南で、シャトルバスの連絡がある。)[筆者作成]
驚くべき内容

美術館と言えばどこも建物が主で、庭は添え物という感じです。足立美術館の場合は広くて、枯山水庭や白砂青松庭など背後地と合わせて5万坪(約165千㎡)になるとあります。

しかもそれらの庭園はいずれも粋を凝らしたもので、アメリカの日本庭園専門誌が15年連続で世界ランキング第1位に選んだことからも分るように別格なのです。(写真2)

(写真2)足立美術館を囲む素晴らしい日本庭園
(広々とした趣きは、幾多の日本画の作品に調和していて楽しい。)[筆者作成]

美術館の方も見事な内容で、竹内栖鳳、川合玉堂、上村松園など近代日本画の巨匠の作品が1500点余。その中の130点は横山大観の作で、代表作は殆ど含まれているといいます。

しかもこれらが税金で作られたのではなく、明治32年この安来に生まれ、大正、昭和と活躍した足立全康という一人の実業家が資産を投じて造ったとありますから驚きます。

世界を見渡せば、これよりも広い公園や庭園はたくさんあります。わが国でも平安時代以来、公家も武家も大きな庭のある屋敷を営み、来客を接待したのでした。

金沢には前田家ゆかりの兼六園があるし、野球で有名な後楽園は水戸徳川家の下屋敷でした。しかし今日では、国立や公立として設立されるのが普通になっています。

大金持ちになる才能

足立全康という方は小作農家の生まれで、幼い頃から働いていました。車を曳き、炭を運ぶ仕事をしていたとき、馬車を持っている商売敵(がたき)が現れました。

人が曳くのでは1台で12俵しか運べないのに、馬車は60俵も運んでしまう。これでは競争にならないと、彼は積んでいた炭を途中で小売りし、稼ぎを増すことを始めたのです。

これは成功します。ここで商売というものを学んだと記しています。戦力で勝てないときにどうするか、躓いたら新しい道を探し、勝つための方法を考え出すというわけです。

積んでいる炭を小口で売り始めた際も、すぐに新しい野菜などを仕入れ、帰り車に積んで戻る方式を取り入れました。つまり往復で稼ぐ方途を考え出し、実践したのです。

まずは空気を運ぶことを極力避け、貝を仕入れて稼いだら次は野菜にするという具合に頭を回すのです。そういう考え方が若い頃から自然にできる人だったのでしょう。

炭団(たどん)を売る商売をしているとき、この商売のうまみが原価の安さにあると、若いながらも見抜いたとあります。まさに今日、ビジネススクールで教えていることです。

大戦後は、大阪を拠点に不動産や繊維に関係して数々の事業を起こし、一代で財を成すことに成功しました。その財で立派な家を作り、遊びにも長けていたといいます。

大阪駅付近の土地の買い占めは、徹底していたと伝えられています。市役所から「十分に儲けたでしょう」と言われて手を引いたという話が残っているくらいです。

70歳のころ、ふるさと島根県の文化発展のために、立派な庭園が付いた足立美術館の創設に関わりました。施設入り口に、右手で美術館を指さす全身像が立っています。
(写真3)

(写真3)美術館の園庭入り口に立つ足立全康氏の全身像
(延ばした右手は美術館の方向を指している。)[著者作成]

そしてその8年後、名古屋で開催された横山大観展を訪れ、あの「紅葉」に出会って深く感動し、それ以来大観の作品群購入に努めて美術館の基盤を固めたとあります。

ビジネス専心の人が1枚の絵に感動して大事を成したとは素晴らしい。こうした先輩に敬意を払うとともに、世界が注目する文化事業に財を捧げる意欲を持ちたいものです。

【参考資料】
足立全康「庭園日本一 足立美術館を作った男」(日本経済新聞出版社 2007年)
出口治明「戦前の大金持ち」(小学館 2018年)

記事一覧に戻る

経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2019年4月5日掲載

Copyright Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.

ページの先頭へ戻る