エッセイ│てくのえっせい 388

地下からの贈りものを活かす

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

通販でもお歳暮でも、受け取る際にハンコと言われ、受領書に捺印かサインをします。捺印はいわばスタンプに過ぎませんが、印影はほとんど例外なく朱色です。(写真1)

(写真1) 大型の印鑑にも使える朱肉 [筆者撮影]

朱に価値を置くのは、東アジア社会の感性なのでしょう。歴史的には朱印状や朱印船が有名です。漆塗りの食器なら外が黒でも内側は朱塗りのものが高く評価されてきました。

朱は水銀の硫化物(HgS)です。毒性が問題にされる昨今、別の安価で無毒な化合物が使われていますが、漢方では古くから、水銀とその硫化物の朱は貴重な薬剤だったのです。

朱で繁栄を贖う

朱は同じアカでも紅やエンジ色とは違って重みがあり、尊ばれたのでしょう。すでに縄文時代から漆に朱を混ぜて塗る方法が試みられ、朱塗りの土器や木櫛が出土しています。

時代が下ると、権力者の墳墓で、朱で彩られた棺と朱の中に遺骸を納めた例も見つかっています。朱に高い価値を置いたのは、中国の神仙思想の影響かもしれません。

朱のもとは辰砂(しんしゃ)という鉱物です。活発な火山活動の際にでき、高温高圧の熱水には溶けますが、温度の低下とともに美しい結晶となり、岩石の間に現れます。(写真2)

(写真2) 掘り出された辰砂と呼ばれる朱の原石(赤い部分が辰砂で、他の岩石が混っている様子が分かる。) [筆者作成]

こうした経緯でできた鉱物が見出される場所は熱水鉱床と呼ばれていますが、活発な火山活動と関係が深いため朱の産地は世界的に偏っています。

例えば中国内陸部、ヒマラヤなど内陸アジア、スペインのアルマデンやイタリアのモンテ・アルマータなど地中海の沿岸、南北米大陸から太平洋を巡り日本へ続く火山地帯です。

当時は、目についた川底の赤い砂や崖の赤い石を集めて精製したと思われます。砂金の採取と似たり寄ったりの方法だったのでしょう。焼いて水銀にすることもありました。

火山国である日本は、東アジアの重要産地の一つでした。九州は今でも火山活動が盛んですから理解し易いのですが、朱の初期の採取は九州西部や南部の鉱床群だったのです。

奈良盆地も1500万年前の火山の跡なので、熱水鉱床があります。やがてここでも朱が入手できるようになります。水銀も作られたと考えられています。(写真3)

(写真3) 朱が産出したとみられる西日本の鉱床群 [筆者作成]

漢方で中国産も日本産も薬効に差がないと認められ、経済的価値は高まります。それで高度な文物だけでなく、青銅を凌駕する鋭利な武器に必要な鉄の輸入も可能になりました。

つまり朱の新しい産地の増加は、地域の経済力や軍事力を強化し、覇権が北九州から奈良盆地へと移動する結果となったのです。このことに注目する必要があります。

魏の時代、中国は3国に分かれていました。北方に位置した魏は南方の産地から朱の入手が困難になり、やむを得ず、日本に近づき、交易を望んだという説も出ています。

金の大仏を作る

間もなく3月です。3月上旬には毎年東大寺の二月堂で、お水取りの催しがあります。見ていると、主役は水よりも巨大な松明(たいまつ)であることに気が付きます。

決まった装束の男性が、竿の先に激しく燃える大きな松明を捧げ、二階のベランダを端から端まで走っていく異様な光景に圧倒されてしまいます。「これは何だ」です。 (写真4)

(写真4) 東大寺二月堂におけるお水取りの一光景(この大松明を持ち、二月堂の二階ベランダを走るので火の粉が凄まじく飛ぶ。) [筆者作成]

東大寺の巨大な大仏は、西国長門から運んだ銅に錫を混ぜて融かし、部分ごとに鋳造して坐像に組み上げました。それに金を水銀に溶かしたアマルガムを塗り、金メッキします。

塗布したアマルガムの水銀は松明の熱で蒸発され、金を残す作業が繰り返されました。坐像の大仏の高さは約15mもあり、使った水銀は何と約2.5tに達したといわれています。

総人口が6から7百万人の時代に参加した人夫の数は260万人、大仏建造プロジェクトの工費総額は現在の貨幣価値で約4600億円というのには驚嘆せざるを得ません。

松明で焼きに焼いて、これだけの水銀を蒸発させ、金の巨大な大仏を完成させたのに、幸い、蒸発した水銀による中毒者の記録は見つかっていないようです。

現在わが国では水銀鉱山が乏しく、今はほとんどが輸入です。しかしそれにつづく時代の石見銀山が産出した銀は、世界の1/3に当たり、大航海時代の交易全般を支えたのです。

また佐渡の金は終始江戸幕府の財政を支え、長い平和の礎になりました。海底資源も含め、まだ眠っている地下の賜に目を注ぎ、未来を開いていきたいものです。


【参考資料】
  • 蒲池明弘『邪馬台国は「朱の王国」だった』
    (出版社(株)文藝春秋 2018年7月20日 第1刷発行)

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2019年2月4日掲載

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