エッセイ│てくのえっせい 385

歩ける喜びを実現する夢

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

先日誘われて、パステル画の個展を見に行きました。そこで紹介されたのが会計事務所を営む年配の方で、背丈ほどの長さのやや太めの青竹を杖にしていました。

どうやら自作のようで、全国探してもこれしかないというユーモラスな言葉が耳に残りました。足が悪いので、ステッキより杖の方が頼りになるともいわれたのです。

聞いて四国のお遍路さんや富士登山を思い浮かべました。未舗装で凸凹の多い道だからこそ、ステッキではなく、背丈ほどのしっかりした棒だったのかと納得できたわけです。

社会から待たれる技術

最近は男女を問わず、ステッキを使う人が増えたように思います。訊くと膝が痛い、腰が痛い、脳梗塞の後遺症で半身に麻痺が残った等々、不快な思いを話してくれます。

異常のない人は、歩く先に凸凹や段差を認めたら、目からのその信号は直ちに脳で処理され、次にどのような行動をするべきかの命令が瞬時に足の筋肉に伝えられています。

乳幼児のときからこういった訓練を経ているお蔭で、こうした一つ一つの判断をとくに意識することなく、歩くことも走ることも、跳ぶことさえも支障なく行なえています。

ところが脳の血管が詰まる、破けて出血する、つまり脳卒中などで脳の活動に支障が出たときは、脳からの指令は筋肉に届かず、半身が麻痺して起立も歩行も難しくなります。

歩行はつま先を上げて脚を前に出し、踵から地面に下ろしてつま先で地面を蹴る運動の繰り返しです。脳の損傷で、この連続した動きはスムーズに進まなくなります。(写真1)

(写真1) 正常歩行をプログラム化した説明図(早稲田大学と広島大学の共同研究による開発商品)[(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズの提供]
(写真2) RE-Gaitの写真(左の機材を腰に巻き、右の2つを両足首に取り付けて関節部に力を適宜加える)[(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズの提供]
(写真3) 両足にRE-Gaitを装着した姿[(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズの提供]

従来のリハビリは、歩行運動に大切な足首の動きには無力でした。統計をみると脳卒中は介護が必要になる原因の第1位だし、寝たきりになる原因の4割なのです。

2018(平成30)年度中国地域ニュービジネス大賞の応募の中に、早稲田大学の田中教授と広島大学の弓削教授が8年の共同研究で商品化した画期的な歩行補助装置を見つけました。

その仕組みは、靴の中に入れた足圧センサーのデータから個別にプログラム化した歩行パターンを作り、段階に応じて力を足首に加えることで歩行を助けるのです。(写真2、3)

商品名はRE-Gait(リゲイト)といい、小型で、装着も数秒で済みます。河原裕美さんが代表取締役を務める(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズが実用化を担ってきました。

社会から待たれる技術

こうした医学的知見と工学が融合して社会的なニーズに挑んだ例は、まだ多いとは言えません。そうした中で、特許の審査が進み、施設への導入も増えているといいます。

2018(平成30)年度の中国地域ニュービジネス大賞優秀賞には、創業が2005(平成17)年という若い企業の(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズとその代表の河原裕美さんが選ばれました。(写真4)

(写真4) (株)スペース・バイオ・ラボラトリーズの河原裕美代表[(株)スペース・バイオ・ラボラトリーズの提供]

それに加えて、日本ニュービジネス協議会連合会でも高く評価され、2018(平成30)年10月にニッポン新事業創出大賞最優秀賞を授賞されました。嬉しいことで、大きな拍手をしたい気持です。

ところで企業名にある「スペース」に不思議を感じませんでしたか。すでに地上で微小重力環境を作り出す重力制御装置を開発し、製品をNASAに納めた実績をお持ちなのです。

さらにお訊ねすると同社は、もとから微小重力での幹細胞培養技術を開発し、広島大学宇宙再生医療センターと協力して再生医療への応用を目指しているという説明でした。

広く知られているように、微小重力の宇宙環境では筋肉や骨が脆くなります。宇宙旅行が現実になる時代が近づいているだけに宇宙環境に関連した研究開発には目が離せません。

一方で最近は、パラリンピックの練習風景が紹介され、懸命に練習を重ねる選手の姿が映し出されます。感動すると同時に、その背後にあるものにも目を注ぎたくなります。

不如意な肉体を補うために、多くの科学研究と技術開発とが積み重ねられてきました。それは情報技術であり、材料技術であってロボットや人工知能とは紙一重の関係です。

宇宙には最先端の、だが介護には暗いイメージを描いてはなりません。常に社会的な課題に挑み、人の苦難を取り去る夢が未来を開きます。それが人類の歴史だと思っています。

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年11月5日掲載

Copyright Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.

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