エッセイ│てくのえっせい 384

パン屋の店先までIT化

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

久しぶりに近くのパン屋さんに入ったら、レジに女性の姿がなく、一人の店員が「パンはトレーに重ならないように並べて・・ここに置いて・・」と説明しています。(写真1)

(写真1) パンの種類を読み取り、価格を表示するレジ(パンを右のトレーに置くと、上のカメラが種類を瞬時に識別して、支払額をパネルに表示する。下の自動支払機に現金投入で終了。)[筆者撮影]

子どものころ買い物を言いつけられて魚屋や八百屋に行くと、受け取ったお金は天井から吊られたカゴに放り込み、そのカゴから釣銭を選び出して渡してくれた記憶があります。

専用の銭箱(ぜにばこ)も置いてない店では、主人の前掛けの大きいポケットが銭箱代り。何とそこから仕入れの金も、子どもの駄賃も出しているのを見て驚いたものでした。

小売業を支えたレジスター

1961(昭和36)年、カナダのオタワに住むことになったとき、初めてスーパーマーケットに出会いました。その規模にびっくり、暇のある限り辞書を片手にうろついたものです。

興味深かった一つは、出口の支払いシステムです。10人を超す女性が並び、商品の一つ一つの値段をキーでレジスターに打ち込む作業をしていました。

それはまさしく、新しく誕生した女性の職場でした。帰国してしばらくすると「家内もスーパーのレジでアルバイトしている」という同僚の話が耳に入ってきました。(写真2)

(写真2) 混雑するスーパーのレジコーナー(人力に頼って商品の値段を読み取っている従来型システムの店。)[著者撮影]

今日レジと呼んでいるレジスターの誕生は1878(明治11)年で、カフェを経営していた米国のジェームズ・リティが最初に考案したものはダイヤル式だったようです。

レジスターは単なる銭箱ではありません。初めからレジスターと呼ばれたように計算機の機能を持ち、金銭を種別に応じて収納して管理する機械で、斬新な発想のものでした。

こうした革新的な金銭管理の器具に目を付け、米国のナショナル・キャッシュ・レジスター(NCRの前身)から最初の輸入をしたのは横浜の貿易商・牛島商会だったといいます。

その後、レジスターは急速に発展し、普及していきます。現金の出納ミス、目の前での値引き、小銭の数え違いも減って戦後の小売業を支える力となりました。

AIの利用を目論む

レジスターに遅れて、バーコードが普及してきました。個別に商品のラベルを見てレジスターに打ち込む手間が減り、作業効率は著しく向上しました。昔とは大違いです。

それだけでなく、読みこまれたバーコードのデータは本社のコンピュータに即時送られ、売り上げから在庫までの商品管理に役立てているのですから驚きです。

これをPOSシステム(point of sales system)と呼びますが、さらにポイントを付加するカードで、電子的に誰がいつ何をどれだけ買ったかといったデータも集められています。

レジスターが世に出て以来の100年余、レジスターとバーコードと、そしてPOSは電子的に小売業を支え、システムを伸展させ、発展させてきました。

パン屋の例のように、画像から商品を識別し値段を入力できるところまできています。いわばAI(人工知能)技術の応用です。カード情報はいわばビッグデータの処理なのです。

さらに労力を減らすために、現金の無人支払機が普及する傾向が見られます。銀行のATMの兄弟分だと理解され、何らの抵抗もなくシステムは受け入れられています。(写真3)

(写真3) 顧客が自分で現金を投入する新型機(レジ係が計算した支払総額を見て客が現金を投入すると、商品の詳細リストと釣銭が出てくる。)[著者撮影]

さらに一般の小売商でキャッシュカードが問題なく使われるようになることは、海外からの客のことを考えたら、目の前に来ています。キャッシュレスの到来です。

キャッシュカードが指紋や掌紋で本人確認する時代です。小売業の分野にもこうしたAIの技術を積極的に取り込み、古い発想から脱皮する時代が近づいているわけです。

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年10月1日掲載

Copyright Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.

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