エッセイ│てくのえっせい 383

日本をバナナ輸出国にする夢

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

国内どこでも、青果物を扱う店ならバナナが置いてあります。あまりにもポピュラーで、しかも大部分が輸入品なので誰も産地を問わず、地産地消の声も聞こえません。(写真1)

(写真1) マーケットの青果コーナーで山積みにされたバナナ [筆者撮影]

2013年の統計では、インドが生産量世界1位で2757万t、2位が中国で1207万t、3位は864万tのフィリピンとありますが、その下10位まで探しても日本は出てきません。

それでもわが国は、毎年100万t余りのバナナを輸入しています。その86%はフィリピンからで、何とフィリピンの年間生産量の1割に当たるというのですから驚きます。

長い歴史を踏まえて

バナナはバショウ科バショウ属の植物です。原産地は東南アジアだとされていますが、その歴史は大変に古く、紀元前5千年から1万年くらい遡れるといいます。(写真2)

(写真2) 実を付けたバナナのイメージ(実の束の先に雄花が見え、下の方に新芽が出ているのがわかる) [植物図鑑を参照して著者作画]

不思議なことに、もとのバナナには小豆ほどの種が詰まっていたそうですが、あるとき突然変異で、種なしが生まれました。

種がないのは珍しいだけでなく食べ易いわけですから大事にして、味や香りのよいものにしようと努めたのは当然ですが、残念ながら種がないので交配ができません。

今日でもバナナは、親株の根から出てくる新芽を移植して増やしていく方法に頼るのだといいます。交配で種を作るのと違い、遥かに手間のかかる仕事だったことでしょう。

その際も、植える土地を選び、日当たりの具合を考え、肥料に工夫を加えては、毎年の成果を見比べていたに違いありません。長年月にわたる先人の苦労が忍ばれます。

農産物に限らず、身の回りにある多くの品は、名も残っていない幾多の人たちの苦労と努力の成果なのです。それは、狩猟採集時代以来のはずで、感謝せざるを得ません。

バナナは、原産地である熱帯や亜熱帯の地域では多くの実をつけます。改良の成果とはいえ、一房が20kgにも30kgにもなりますから貴重な食糧だったと想像されます。

ところが残念なことに、保存性が優れていません。一年中採れるわけでもないでしょう。それで主食の座は、その後に普及してきたコメに奪われてしまったという話もあります。

常識に挑んだ40年

ところで、原産地が熱帯や亜熱帯の地域のためか「バナナは南国でないと育たない」というのが常識になっていました。その常識に挑戦した人がいたのです。

岡山に住んでいた田中節三氏は40年の研究成果として、この常識を打ち破ることに成功しました。それは独自の植物品種改良技術で「凍結解凍覚醒法」と呼ばれています。

これまで人類は、気候に合う植物を選んでは作物としてきました。しかし植物の方は氷河期を乗り越え、世代を継いで生きてきたはずです。その点に注目したといいます。

植物の種子や細胞に独自の凍結工程(-60℃以下)や解凍工程を施し、氷河期を経験させた後、環境順応性を覚醒させることに成功しました。拍手したい気持です。

この試みは、バナナだけでなく広く熱帯植物栽培、例えばコーヒーやパイナップルなどでも成功したので、特許を申請し平成27(2015)年12月に会社を設立したとあります。

会社は岡山市にあって農業法人株式会社D&Tファームといいますが、ここで処理した苗を使い、千葉県成田のGPファームのハウスではバナナが出荷間際にあります。(写真3)

(写真3) 植物品種改良技術実施中のファーム内部 [第26回中国地域ニュービジネス大賞受賞者紹介資料から]

現在の代表取締役は田中節三氏の甥である田中哲也社長です。従業員は30名ほどですが、苗木の出荷は1万5千本超、売上高は7億円ほどに達しています。(写真4)

(写真4) 受賞された田中哲也社長 [第26回中国地域ニュービジネス大賞受賞者紹介資料から]

そうしたわけで農業法人株式会社D&Tファームの田中哲也社長は、平成30(2018)年5月に開かれた中国地域ニュービジネス協議会の総会で第26回の優秀賞に選ばれました。

これまで輸入品であったバナナを、国産の無農薬、有機栽培の手法で香りも高く、甘み、とろみに優れた日本特産バナナとし、輸出を目指したいと表彰式で述べられました。

実はこの技術は、多くの科学的な知見に支えられています。冷凍工程でRNA(遺伝子情報物質、リボ核酸)の増加が起き、遺伝子情報の転写速度や細胞分裂が増すなどです。

その結果として、発芽環境に順応する能力が向上し、耐寒性や耐暑性を発揮するようになるのだという説明がありました。ここには新しい農業の夢と兆しが見えます。

付け足すならば、バナナの繊維からは素敵な布や紙が作れます。こうした新しい材料による斬新な工芸品の誕生も、地域おこしの材料として期待できるのではないでしょうか。

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年9月3日掲載

Copyright Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.

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