エッセイ│てくのえっせい 380

次世代トラクターはEVが夢

顔写真

広島工業大学名誉教授
中山勝矢

トラクターには、大きく分けて建設工事用と農林業用とがあります。いずれも足場の悪い場所で力仕事をする関係で、頑丈なタイヤか無限軌道(キャタピラ)を着けています。

もう一つの特徴は、エンジンが載せてあることです。昔からこうした仕事には牛や馬の力を借りてきましたが、それをガソリンなどを使うエンジンに置き換えたというわけです。

こうした新しい農業機械の登場は、化学肥料と合わせて人の労働を大幅に軽減し、大規模農業と多量生産を可能にしました。同時に20世紀前半の大恐慌の引き金にもなりました。

身近な夢を追いかける

さて、農業用のトラクターの一種に耕運機というのがあります。畑や田の土を起こし、畝を作るのに使います。わが国では大型は少ないのですが、小型はよく見かけました。

それで春になればどこでも見つかると安易に構えたのが大間違い。写真1枚に苦労しました。たまたま山梨県を車で訪れた際にやっと見つけ、撮らせてもらったのが写真1です。

(写真1)作業を終えて農道に上がった乗用型のトラクター(著者撮影)

夕方でしたから、あと30分遅ければ暗くなって作業が終わり、自宅に引き上げてしまっていたかもしれません。本当にラッキー、まさに瀬戸際でした。

日本では古くから、土を掘り返す農機具は人が使う鍬(くわ)とシャベル状の鋤(すき)、それに牛馬が牽引する犂(すき)が主役です。他の国にも似た道具があると思われます。

数千年も続いたこうした農業生産の道具立てを崩し、村の風物を劇的に変えたのがトラクターです。これはここ100年余りのことで、言い換えればエネルギー革命の到来です。

1892(明治25)年、米国中西部のアイオア州で、ジョン・フローリッチ(1849-1933)というドイツ系アメリカ人技師が初めてガソリンエンジン搭載トラクターを作りました。 (写真2)

(写真2)フローリッチが開発したトラクターの技術を引き継いで製作販売された前輪無限軌道後輪鉄輪の姿(最初はこんな形だったと想像される、参考図書1からの引用)

その前の1859(安政6)年に、蒸気機関を載せた自走式トラクターが英国で作られました。でもより安全で軽量のガソリンエンジン搭載のトラクターの出現はイノベーションでした。

フローリッチの会社は失敗に終わりました。しかし技術は他社に引き継がれ、米国のフォード社からは第1次世界大戦中に廉価なトラクター「フォードソン」が売り出されています。

多量生産されるフォードソンは引く手あまたで、急速に世界に広まります。一方で大戦の膠着状態打破のため、英仏は農業用トラクターから戦車を考え出しました。

戦争が終わると、米国の各メーカーは競うようにトラクターの生産を行い、その動力で脱穀など様々な農作業まで機械化したのです。当時米国のトラクター保有台数は世界一でした。

他方でレーニンやスターリンは、農民の共産主義化にはトラクターを投入して集団農業が必要と考えたのです。女性の運転手も増え、農作業への女性の進出は社会変革でもありました。

未来への懸念

わが国では農地の規模が小さいため、歩行型トラクター(ハンドトラクターともいう)を経て乗用型トラクターに向かう道を選びました。その開発は並大抵ではなかったと聞きます。

しかも乗用型のトラクターが普及しだした頃には、残念ながら総農家数が減少に向かっていました。現在の保有台数は、折角の乗用型トラクターも歩行型も、峠を越えています。

牛馬を使う限りは、排出物は肥料になりました。ガソリンエンジンの排ガスは地球環境にとって有害です。それ以上に食糧を、いずれ枯渇する化石燃料に頼ることは心配です。

最後に土壌圧縮の問題もあります。土壌には空隙があり水を溜め易く、微生物が繁殖できることが大切です。重いトラクターで空隙を潰すと生命力を失い、肥沃でなくなります。

このようなことをいろいろと考えてくると、トラクターを単に省エネルギーや地球環境問題として論じるのでは十分ではありません。人類の未来が懸っているのです。(写真3)

(写真3) 運転者が農業省の専門家から訓練を受けている様子(英国では導入が遅く、ここには第2次世界大戦中に食糧増産のため特別の訓練を受けている状況が示されている、参考図書2からの引用)

最近は人工衛星を使ったGPS(全地球位置決めシステム)をトラクターに装備して、無人で広大な土地の整備を行う構想も示されています。ここまでは、まだ納得できます。

しかし広大な土地を、食料輸出だけを念頭に置いて無人で限りなく生産を続けたらどうなるのか、その結果、未来に恐ろしい結果を残すのではないかと気になります。

少なくとも化石燃料からは早く脱出し、次世代のEV(電気自動車)方式トラクターへの切り替えを急がなければなりません。これがいまトラクターに抱いている夢であります。


【参考資料】
  • 参考図書1:藤原辰史著「トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち」
    (中公新書2017年9月)
  • 参考図書2:トレヴァー・I・ウイリアムズ著「二〇世紀科学技術文化史 上」
    (筑摩書房 1987年1月)

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年6月4日掲載

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