エッセイ│てくのえっせい 378

記憶、この不思議なもの

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広島工業大学名誉教授
中山勝矢

先日テレビ番組の紹介で、しまい込んであるレコードを出してもらって聴くというのがありました。横須賀のある男性の提供で、沢田研二の「危険なふたり」でした。

40年ぶりに聞いたら、メロディーの懐かしさだけでなく、初恋の淡い思い出まで戻って来たという内容です。聞いたときは、多分旧式のプレーヤーだったのでしょうに。(写真1)

(写真1)古色蒼然となったレコードプレイヤー(東京都府中市立博物館で著者撮影)

40年もの間、記憶が書き換えられることもなく、ただ歌のフィーリングだけが残って、そこから遠い昔を呼び戻せたという話に、改めて脳の機能を考えさせられました。

記憶の不思議

ところでわれわれは通常、見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触れるといった感覚を別々のものと考え、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚と名付けて、五感などと呼んでいます。

その本質は、物理的な、あるいは化学的な刺激に過ぎません。しかし懐かしい匂いであれば近づきたくなりますし、さらに性の相手だと分れば、愛の行為に及びます。

そもそも五感は外界の状況を知るためのセンサーで、生きていくのに必要不可欠な機能です。あえて言えば、哺乳類はもちろんのこと、鳥類にも爬虫類にも備わっています。

そのシグナルが生活に適当か否かを判断し、危険だと感じれば素早く逃げるのです。しかしペットどうしだと、時には親しく寄り添う姿も見られますから驚きます。(写真2)

(写真2)警戒心なく、親しげに振る舞うペットの子犬と子猫の例(安立園特別養護老人ホームの廊下に飾られていた写真を著者撮影)

五感のセンサーから入った情報は、ある場所に単純に届けられるようには見えません。神経を伝わるうちに前の記憶が呼び起こされ、新しい判断に導かれているようなのです。

こうした外界からの刺激を完全に遮断したら何が起きるか研究した人がいます。初めは耐えがたい苦痛、やがて不安感が強まり、最後は幻覚に襲われたといいます。(注*1)

なぜ刺激がないのに幻覚が生じるのか。脳に残る記憶の働きなのでしょう。極めて小さな刺激が源になって、雪だるま式に多数の記憶が集められるのかもしれません。

最新の技術により、脳の構造や機能が調べられています。簡単にいえば脳は細胞と神経の塊なのですが、神経相互の結ばれ方は複雑で、縦横無尽。とても手に負えないのです。

記憶の正体は・・

記憶は、不思議なものです。人生経験が豊富な人は、ちょっとした刺激から素晴らしいアイデアを出してきます。貯えが豊富な上、絶えず頭の体操をしているのでしょう。

五感のどれかが刺激され、その情報が脳神経の上を走るとき、それに連なる周辺細胞からたくさんの古い情報が呼び出され、新しいイメージが生まれると想像したくなります。

胎児のとき以来貯えられた数多くの経験を基盤に、しかも五感からの新しい情報で絶え間なく内容を更新している活発な脳細胞の働きをどう扱えばよいのか五里霧中の有様です。

しかも共感覚と言って、「さらっとした香り」などと、臭覚と触覚の表現を重ねることがあります。こうした融合は、問題をますます複雑にしています。(表1)

表1 共感覚的な表現の例

①視覚+臭覚:
「枯草の匂い」、「丸みのある香り」

②味覚+臭覚:
「甘い香り」、「さらっとした匂い」

③視覚+聴覚:
「明るい音」、「陰気なリズム」

④触覚+視覚:
「ざらざらした汚いぼろ布」

⑤視覚+味覚:
「腐った魚のような味」

コンピューターの性能が驚くほど向上した今日、AI(人工知能)が話題です。これまで十分活用されずに無視されてきたデータの処理に意欲を感じるのは素晴らしいことです。

それならばと「記憶」「連想」さらには「情動」など脳の現象に多くの人が挑んできました。しかし残念ながら、人間の頭脳は実に奥が深く、解明はまだ先の感じです。(注*2)

そのように考えると、人工知能と言っても実態は序の口です。コンピューターが人間の頭脳を超える時代が来るのでしょうか。夢は大きくてもゴールは遠いのです。

でも、このような未知の分野が大切です。関心を持って、新しいビジネスを掘り起こしたいものです。


【参考資料】
(注*1)外池光雄著「匂いとヒトの脳」(香り選書17)p.98
(フレグランスジャーナル社、2011.10.28刊行)

(注*2)外池光雄編著「香りと五感 香りで五感の機能と有用性を増進する」p.102以下
(フレグランスジャーナル社、2016.12.16刊行)

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年4月2日掲載

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