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ミャンマーと日本の結び付き

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株式会社クリエイティブ・ワイズ 代表取締役 三宅曜子

2月14日から19日までの現地5日間、日本ミャンマー協会の渡邉秀央会長と、御子息の常務理事である渡邉祐介氏、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の岸本理事と共に、ミャンマーのヤンゴン、ネピドーの状況視察と、現地で開催していただいたセミナーでの話に行った。

日本ミャンマー協会 渡邉会長と筆者
1.ホテル入り口ドアに彫られている一対の神様の像 2.ミャンマーの若い女性たちの服装 3.ミャンマーの寺院 4.寺院では自分の生まれた曜日の神様に祈る

日本とミャンマーの関係は戦前から密接であり、1948年にイギリスから独立したミャンマーが日本に対して戦争賠償の請求権を放棄し、日本が敗戦後の食糧難の時に食料支援などを行ってくれて戦後の日本復興に尽くしてくれたことから、日本がミャンマーに対する支援を行ってきたという歴史があったが、1988年に内乱が拡大し、ミャンマーに対する制裁措置が取られ、強力な援助を行ってきた日本も協力を停止。その後人道支援に限った協力で友好関係を維持してきた。

当時、中曽根内閣の官房長官をされていたのが渡邉秀央会長で、総理からの励ましもあり、日本とミャンマーの関係を大切にして両国の信頼と人間関係を築くべく、ヤンゴン空港の改修や水力発電所の送電線設備補修、JICA病院の医療機器の修復、肝炎対策での献血車の提供などをされ、軍事政権から徐々に民主化が進むなかで何度も訪れ、州立病院の医療機器提供など、多面的に日本側の協力支援を行ってこられた。

1.日本ミャンマー協会が新たに4台寄付した1台1700万円の最新歯科治療設備 2.ミャンマー保健省に飾られている日本が支援した国立病院

その後、2011年に民主的な総選挙後、アウン・サン・スー・チーさんと大統領との対話の元、国民和解、また135の少数民族との和解ができ、海外との交流もできるようになってきた。この時、野田首相とテイン・セイン大統領の両首脳対話が行われ、翌年には大統領の訪日、翌2013年には麻生副総理、また安倍総理のミャンマー訪問が行われ、日本とミャンマーとの友好関係が前進してきた。

その後、民間の立場で対応できる一般社団法人「日本ミャンマー協会」を2012年3月に正式発足。名誉会長が元総理の中曽根康弘氏、最高顧問が副総理で財務大臣の麻生太郎氏、副会長が元官房長官の仙谷由人氏、丸紅の名誉理事の勝俣宣夫氏、住友商事相談役の岡素之氏などそうそうたる人材が名前を連ねる会である。

この「日本ミャンマー協会」がミャンマーの強力な支援団体として渡邉会長をはじめとして何年も行き来され、具体的なサポートを行ってきているのだ。

今回のミャンマー訪問の目的

今回の目的は、日本ミャンマー協会の渡邊会長等と共に、ミャンマー政府の工業大臣、国民民主連盟(NLD)中央経済委員会委員長、運輸・通信大臣、保健・スポーツ大臣等との面談で日本とミャンマーの協力体制づくりの強化として、RIETIの岸本さんや私を紹介いただき、今後のミャンマーの経済発展のための要因の一つとして重要な『ミャンマー製品のブランド力の向上』やそれに伴う輸出促進、豊富な資源を有効活用して新商品開発を行うための支援体制づくりの検討及びミャンマーの産業振興に関した意見交換を行うことが大きな柱である。

また約20年間の空白の時代を経て、さまざまな産業が停滞している状況からやっと回復の兆しが見えてきた中で、ミャンマー地域の産業を担う中小企業・小規模事業者などに対する日本の産業発展のための行政の考えや日本から見たミャンマーの今後の課題をRIETIの岸本さんから講演いただいた。

また、私も同様にヤンゴンとマンダレーで講演を行った。

私の講演テーマは、『ミャンマー製品に関するデザイン、及び商品レベルアップ支援キーワード』と『日本の消費者を意識したストーリーのあるものづくり』である。

1.ネピドーで行ったセミナー会場の様子 2.ミャンマー工業大臣の挨拶 3.渡邉会長の講演の一コマ 4.筆者の講演の一コマ(※ネピドーでのセミナーは200名以上の参加者だった。) 5.ヤンゴンのセミナー会場の様子

ミャンマーは、人としては非常にまじめな国民性であるため、国内での賃金が低いことから近隣国のタイ、特にチェンマイやチェンライへの出稼ぎ人口が多い。

私は4年間、タイの商務省から招聘され、毎月、中小企業・小規模事業者の商品開発やブラッシュアップを手掛けてきたことから、その状況を間近に見てきた。このまじめさと高い技術を活かし、国内での生産体制を充実させ、特に海外輸出などで『外貨が稼げる国』にするための新たな工芸品や海外に通用するデザイン、また細部のつくりに関するノウハウを指導することで生まれてくるものが大きいと思われる。

デザインの重要性

2月24日から3日間、ミャンマー工業省主催で、展示された現地の特産品のレベルを評価し、優秀な商品を表彰する展示会が開催され、JETROヤンゴンの下田氏に我々の代わりに参加してもらった。

オープニングセレモニーには、ヘンリー・ヴァン・ティオ副大統領や、計画財務大臣、商業大臣、工業大臣などの閣僚も駆けつけられ、ミャンマー政府の関心の高さが感じられたとの報告があった。これらの商品の写真や設営の状況を写真に撮って送ってもらったが、まだまだ隣のタイのようなレベルではなかった。それが約20年間の空白の時代、軍事政権の結果なのだと思う。

日本も70年前は同じ状況ではなかったかと想像する。ミャンマーには国立ヤンゴン工科大学があるが、そこには商業デザインやプロダクトデザインの指導はない。育成環境づくりも重要だ。

日本は戦後大きな経済成長を遂げて、アジアの他国から注目される国となったが、ミャンマーも今後そうなっていくと確信した。仏教国で優しい人柄とまじめな仕事ぶり、草花や樹木、お茶や果物などの農産物など多くの材料がある。135の少数民族がつくる繊維製品は繊細で作りそのものが素晴らしい。これにデザインが加われば、EUをはじめ、世界中に輸出できると思われる。

1.少数民族の織物(その1) 2.少数民族の織物(その2) 3.少数民族の織物(その3) 4.手編みのレース

日本人の女性経営者2人と話す機会があった。NGOにかかわる女性はショップも経営しており、素敵な商品がたくさん置かれていた。お二人とも言われるのが、「数が揃わない」、「納期が守れない」、「形が揃わない」であった。また、材料はあっても、その使い方がわからない。

しかし彼女たちが指導しながら素晴らしい商品が出来上がっていた。これらのことは、日本でも昔は同じではなかっただろうか。じっくりと腰を据えて教えていらっしゃるため、苦労はされていると思うが、お二人ともとても豊かな明るいイメージであった。

1.ミャンマー各地でつくられる工芸品マップ 2.少数民族の織物で作ったバッグ 3.漆器 4.少数民族の作業の写真

きっと、サポート体制が整い、デザイン面などでの指導を行うことで素晴らしいものができると確信した。これからが楽しみな国である。

※写真は全て筆者撮影。

マーケティングコンサルタントとして、中小企業支援及び指導、商業活性化事業、まちづくり事業等、顧客のニーズを的確に捉えた市場開発とアプローチ手法等、幅広い分野におけるマーケティング全般のアドバイスを全国各地で手掛ける。また、平成19年度より地域資源活用事業の政策審議委員、国会での参考人をはじめ、全国で地域資源を活用した事業推進、農商工連携事業、JAPANブランドプロデューサーなど幅広く活躍中。

  • 経済産業省地域中小企業サポーター
  • 同、伝統的産業工芸品産地プロデューサー
  • 中小企業基盤整備機構経営支援アドバイザー
  • 同、地域ブランドアドバイザー
  • 内閣官房 地域活性化伝道師
  • 同、クールジャパン地域プロデューサー
  • 広島県総合計画審議会委員 他

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経済産業省 中国経済産業局 電子広報誌

ちゅうごく地域ナビ 2018年3月7日掲載

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