局長対談(第7回)
 
        優美な三次元曲面を生み出す「打ち出し板金」
        〜新幹線の顔は匠の技から生まれました〜


       

優美な三次元曲面を生み出す
 「打ち出し板金」 〜新幹線の顔は
   匠の技から生まれました〜    
 
対談出席者: 株式会社山下工業所 代表取締役 山下 竜登 氏
  中国経済産業局長 長尾 正彦         
  中国経済産業局産業部長 田村 敏彦  
 
日本初のリニアモーターカーML100
 
台湾新幹線(700T系)の先頭構体
 
 


チェロの製作について熱く説明される山下社長
 


これまで製作したチェロ(全4世代)
(手前が4代目で一番奥が初代)


製作したチェロの図面を広げて


目標はヨーヨー・マさんに工場でチェロを弾いてもらうこと
 


より薄いアルミ板でのチェロ製作(初代→4代目)
 


「ストラディバリウス」の再現
 


マグネシウム合金で試作したバイオリン
 


アルミ製「ストラディバリウス」の精巧さを確認する長尾局長
 


下松市の広報誌で広報
 


作業風景
 


鉄道車両の製作現場で説明を受ける
 


最後に記念撮影
 


後日、11月3日発令の叙勲で旭日双光章を受けられた山下工業所(株)の山下清登会長(右)がマグネシウム製のストラディバリウスを携えて、当局局長室に挨拶に来られました。
 

 

○「打ち出し板金」について

長尾局長: 第2回ものづくり日本大賞経済産業大臣特別賞受賞や2008年元気なモノ作り中小企業300社選定と御社の技術は高く評価されており、当局としても誇りに思っております。また、今は当省研修生の相田政志君がお世話になっており有り難うございます。本日はよろしくお願いします。まず、「打ち出し板金」についてご説明をいただきたいのですが。

山下社長: 「打ち出し板金」とは、金属板(厚さ1mm〜6mm程度までの薄板)を、技能者がハンマーなどで叩いて伸縮させ、微妙で複雑な流線型曲面などの立体形状を作り出す金属板成形法です。個々の成形品用の専用金型を必要としないのが最大の特長で、単品から数十個位までの極少量品のものづくりに向いています。非常に省エネで、熱や廃液、切り屑もあまり出しませんから、環境に優しい、時代の要請にあった成形法だと思います。

  新幹線や特急電車、モノレール、変ったところではリニアモーターカー実験車両などの流線形の先頭構体(車両の「顔」の部分)や運転室、計器盤など、曲面をもつ板金製品の製造を裏方で支えてきました。
      

長尾局長: 「打ち出し板金」は熟練技能が必要だと思いますが、人材面ではいかがなのでしょうか。

山下社長: どの熟練技能も同じだと思いますが、マニュアルは作りようがありませんし、指導を受ければ身に付くというものでもありません。古典芸能やスポーツと同じで、師匠にあたる職場の先輩たちの動きを観察して、実際に身体を動かし、相当量の仕事を長く経験しないと身につけようがなく、一人前になるには十年はかかるとされています。また、かなりの器用さ、感性といいますか、センスも要求されるため、いかにやる気のある優秀な人材と出会い、確保できるかが人材面では鍵だと考えています。

株式会社山下工業所
所在地 山口県下松市東海岸通り1−27
設立 1974年(昭和49年)12月(創業は1963年(昭和38年))
従業員数 32名
資本金 1,000万円
事業内容

鉄道車両部品製造(第一工場)、精密板金部品製造(第二工場)

HPアドレス http://www.yamashita-kogyosho.com/

 

○「技」を広く知ってもらうためのチェロ、バイオリンの製作について

長尾局長: (実物のチェロを見て)これが「打ち出し板金」技術で製作されたチェロですね。どうしてチェロを製作されたのか、その経緯などをお話いただけませんか。
 
  

山下社長: 一言で言うと求人のための話題づくりです。2007年、家業を継ぐため帰国した際、打ち出し板金部門に十代、二十代がいないことを知り、非常に大きな危機感をもったことが発端でした。今後5年や10年は大丈夫にしても、会社を担うべき若い人材がいないとなると、将来、事業が立ち行かなくなるのが見えています。長い修得期間を考えると人材確保が最大の経営課題と考え、すぐに人材探しを始めました。


 やりがいのある仕事ですし、感性を磨き、能力の限界に挑戦したい方にとっては最適の仕事と思っておりましたので、求人については楽観的に考えておりましたが、これが大間違いで、「打ち出し板金って何?」といった調子で、まともに受け止めていただけず、思うように人を集めることができませんでした。面接に来られても、CAD/CAMを使う部署があることがわかると、そっちの方で採用して欲しい、といった具合で、事務所に座ってコンピュータを使う方が、格好良く映っているのだと思いますが、現場でのものづくりそのものが敬遠されている、ということもよくわかってきました。

 2007年の夏、徳山高専から10名ほど見学に来られた際、下松で新幹線がつくられていることをご存知だったのはお一人だけでした。隣町でものづくりを学んでおられる学生さん達でさえ、その程度ということは、世間ではそれ以下ということです。「打ち出し板金」が知られていないのは仕方ないとしても、さすがに、下松が新幹線製造の町であることすら知られていないというのは、かなりショックでした。これほどまでに認知度が低いと、人の集めようがありません。

 どんなに素晴らしい技であっても知られていなければ存在しないのと同じで、全く評価されません。優秀な人材を引き寄せるには、何よりもまず、「打ち出し板金」という匠の技の存在を知っていただくことが必要であり、有効だと考えました。ところが、1963年の創業以来ずっと、取引先がほとんど日立さん一本で、御用聞き営業は毎日やっていても一般個人の方へのアプローチは経験がなく、また、指示されたものをつくるのは得意でも、製品の企画、開発の経験は皆無で、「マーケティング」という考え方が社内には存在しておりませんでした。もちろん、本格展開しようと思っても、大企業と違ってヒト、モノ、カネの全ての面において制約もありますが。

 結局、ゼロベースで定石どおりに進めることにしました。板金では、板材を切って、曲げて、叩いて膨らませて、溶接して仕上げる、といった一連の加工で製品をつくります。叩いて膨らませて微妙なカーブをつくるのが当社の強みです。これらをどうすればわかっていただけるだろうかと考え、作品で表現することにしました。最終的に弦楽器を選択したのは、他のどの候補よりも、複雑な三次元曲面の塊で五感に訴える美しさをもっていたからです。家内が趣味にしており、チェロが身近な存在でもありました(一台目は家内と同じ、まどか、という名前です)。

 話題づくりと著作権クリアのため、米国National Music Museum所蔵の世界最古のチェロをモデルに選びました。この楽器は、今も続く弦楽器の産地クレモナの当時最高の匠とされたアンドレ・アマティが製作したThe Kingと呼ばれる作品で、イタリア・フランス混血の王様であったCharles九世に寄贈されたものです。ちなみにアマティさんは、お茶の世界でいえば千利休さんに当たる方で、有名なストラディバリやガルネリの師匠筋の方です。National Music Museumでは、The Kingの正面、側面、輪切りの断面形状を示す寸法測定図を保管しており、この測定図を取り寄せて、製作することにしました。


 一台目の誕生には、経済産業省さんが深くかかわっておられます。昨年二月、ものづくり日本大賞の受賞企業を集めた展示会(「ものづくり展」平成20年3月15日〜30日にお台場の日本科学未来館で開催)への出展要請を頂戴したことにより、停滞気味であった製作をいっぺんに進めることができました。企画展監修者の鈴木一義先生(国立科学博物館上席研究員。ものづくり日本大賞審査員)のご厚意で、目玉展示のひとつとして入り口正面に配置いただき、地元マスコミでは大きく取り扱っていただくことができました。こちらがそのチェロです。ちょっと持ってみてください。


長尾局長:
 これは重いですね。


山下社長:
 11キロ近くあります。寸法測定図どおりの厚さでつくりましたが、木で4ミリのところをアルミの4ミリの板材で製作したため、重いために弾きにくく、頑丈過ぎて響きが足りません。展示会に間に合わせるため、本業の合間に正味1週間くらいの特急仕事で製作したため色々な瑕疵(ひび割れ、溶接の跡等)もあります。

 楽器は試行錯誤で練り上げていくしかないと思っていましたから、すぐに改良版の製作にかかりました。木と同じ剛性が得られれば同じような音になるのではないかと考え、剛性を弱めるため板厚を薄くしていきました。二台目と三台目は2.5ミリ、そして四台目は、一円玉(1.2ミリ)よりも薄く、重さも5.5キロになっています。

 二台目は昨年8月の新連携ものづくり中小企業全国フォーラム、三台目は10月の全国工業高校長会、四台目は11月に下関で開催された一日中小企業庁で披露させていただきました。どちらでも予想を大きく上回る反響をいただき、また、その様子が新聞やテレビ、情報誌などでの紹介につながって、打ち出し板金の知名度向上の役目を果たしてくれました。現在も様々な式典や展示会、講演会で活躍中です。


長尾局長:
 ここにあるチェロは販売されるのですか?


山下社長:
 販売はしていませんが、10万ドルで買うよ、という声もありましたので商売にできる可能性はあると思います。あくまでも当面の目標は、発案当初からの計画通り、ヨーヨー・マさんに当社工場で弾いていただくことです。圧倒的な知名度向上につながるはずです。1本差し上げますのでということなのですが。新幹線の先頭構体の前にステージと客席を作って、バッハの無伴奏を演奏されるヨーヨー・マさんを頭の中では描いています。チェロの改善を続けながら、英語の媒体を作って、海外の展示会にも出展してと、そうすることで、ヨーヨー・マさんに少しずつ近づいていきたいと思っています。どなたかヨーヨー・マさんのお知り合いはいらっしゃいませんか(一同笑い)。

 

○マグネシウム合金でのバイオリンの製作について

山下社長: もうひとつの目標がビオラとバイオリンを加えた弦楽四重奏の実現です。こちらは、ゆっくり進めようと計画していましたが、日立の監査役会の皆様が来社された際、「小さなものはできないでしょう?」と言われたことが引き金となって、作ってみたのがこちら(試作品第1号)で、今年5月に完成させました。英国オックスフォード大学の博物館が「ストラディバリウス」の最高傑作とされる1716年製の「メサイア」と呼ばれる楽器を持っていまして、その寸法測定図がベースです。この第1号は1025グラムで木製の倍の重さがあります。本来、左手は弦を押さえるためだけにあるべきですが、これだけ重いとどうしても支えながら、となってしまって、早いパッセージはとても弾けません。また響きも不十分です。現在は軽量化を進めている最中で、チェロと同じようにだんだん板を薄くしてゆくアプローチです。また、マグネシウム合金製のものも試作中ですが、それがこれになります。
       

 マグネシウムは比重がアルミの3分の2で、車両の艤装部品も含めて軽量化用途等、将来性のある素材だと思いますが、現時点では板材は高価で板金法も確立しているとはいえません。弦楽器には、板金加工の全ての要素技術(切断、曲げ、打ち出し、溶接、研磨)が含まれますから、加工ノウハウ蓄積の意味でもマグネシウムでの製造は追求していきます。


 アルミに続き、マグネシウム合金の弦楽器も完成すれば、世界初となるはずです。11月4日〜6日の中小企業総合展(東京ビッグサイト。東京国際航空宇宙産業展と併催)への出展の機会をいただいておりますので、それまでには良いものを完成させ、「打ち出し板金」について存分にPRさせていただきたいと思っています。

 

○ ものづくり現場の広報と人材の育成について

山下社長: チェロづくりがご縁となり、多くの方々との交流が始まっています。国内外の金属関係の学会関係者や研究者、自動車の試作開発の担当者、楽器の演奏家や愛好家、製作者、支援機関の方々からアドバイスや刺激をいただき、大変有難く思っております。また、これはものづくり日本大賞を頂戴したことによる広報効果ですが、NHKさんの「サラリーマンNEO」と「プロフェッショナル・仕事の流儀」で弊社第一工場長の仕事ぶりが細かく取り上げられ、番組をご覧になられたJAXA(宇宙航空研究開発機構)の研究者の方から、技能について照会をいただき、次世代超音速機の研究開発のお仕事につながっております。

 

○講演活動

山下社長: 講演の要請をいただく機会も生まれてきました。将来の人材確保につながる活動と位置付けて、相談役(山下工業所の取締役相談役で創業者の山下清登氏)による学校での講演は出来る限りお受けするようにしています。チェロは子供たちにも大人気で、眼差しが変るのがわかります。丁寧な感想文をたくさんいただきました。将来山下に入ると宣言してくれた地元の小学六年生が現れています。相談役は、健康の続く限り学校での講演は続けていく覚悟でおります。


  講演の前に毎回確認しますと、地元で新幹線がつくられていることの認知度は、大体一割程度で、これをもっともっとあげていく必要があります。市長をはじめ、市の幹部の皆さんも現状を憂慮しておられ、地元でのものづくりについて積極的な啓蒙活動(広報誌や移動市長室、市民大学講座でのPR)を始めておられます。当社のような中小企業者にとっては大変心強い後押しで、ありがたい限りです。

長尾局長: 足元固めのためにも、やはり、発信が重要ですね。



山下社長:
 下松は大正時代からの日立さんの企業城下町で、鉄道車両関連の中小企業が集まった全国的にも珍しい車両ビジネスの集積地です。市内だけで車体ができるといわれています。日立さんは、今後5年は続く大きな国内新幹線需要の後、英国を橋頭堡にした欧州への本格展開を明確に打ち出しておられます。近い将来、下松でつくられた車体が、国内だけでなく海外にもどんどん出ていくわけです。下松で生まれ育った子供たちが、鉄道に関心を持ってくれれば、将来、地元に残り、または、いずれ帰ってきて、車体を設計するんだとか、打ち出し職人の道を究めるぞ、といったことにつながるのではないかと期待したいところです。
 
             
長尾局長:本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。

 


 

経済産業省 中国経済産業局 広報誌
 

TOPBACK
Copyright 2009 Chugoku Bureau of Economy,Trade and Industry.